1991.3.15 BonVoyage

私の視・点

自衛隊派遣 米への忠誠 再考するとき

 イラク開戦前、ブッシュ政権は、情報機関の単なる意見を「事実」にし、イラクの「脅威」を組織的に作り上げた…米国の「カーネギー国際平和財団」(CEIP)はそう批判した。
 イラク戦争の正統性を世界に示すはずだった情報は操作され、それによって世界は誤った方向に導かれたのである。
 ブッシュ大統領と米国のネオコン(新保守主義者)のモットーはこうだ。「米国の利益にかなうなら、国連がなんだ、欧州がなんだ、真実がなんだ」「我々には会計担当の日本をはじめとする『有志連合』がある」
 アナン国連事務総長は訪独した際、ブッシュ大統領とその支持者たちによって世界が無法状態になってしまうと嘆いたという。強い者が正義の何たるかを決め、他はそれに従うという構図である。
 イラク戦争を支援した国の企業だけをイラク復興へ参加させるという米国の方針が明らかになった時、専門家たちは「国際商法に抵触する」と批判した。
 米国に批判的な国や反戦国には、たとえその国が最高の製品をつくる能力や、復興のためのノウハウを持っていたとしても経済的な不利益を被る。逆に、一般論としてみても、企業の利益追求は戦争の動機となり、それが報われるということになる。
 このような国際情勢を前にして日本は、小泉首相が協調する米国政府への忠誠によって、国際的名声を得るよりも、損なうことになるかもしれない。
 イラクに派遣される自衛隊の武器は戦闘地域に必要なものであり、憲法が禁じていることは日本人なら誰もが知っている。日本政府は「国際的な義務を果たさなければならない」といっているが、実際は、小泉内閣のブッシュ政権に対する義務ではないか。
 問題の多いブッシュ政権への忠誠が、小泉内閣にとって、なぜそれほどまでに重要なのだろうか。
 根っこには、忠誠心というものに対する日本人の考え方があるのかもしれない。目上の者えの批判を口にすれば調和を乱したことになり、謝罪しなければならない。日本人は子供のころからそう教わる。この忠誠心が米国のネオコンの期待にたまたま重なった。ドイツから来て日本で取材している私にはそう映る。
 日本では、権力への度が過ぎた忠誠心が姿を見せ始めると、民主主義の勢いが弱まる傾向があるのではないか。米国との関係でも、同様のことが言えるのではないだろうか。
 ブッシュ政権への小泉首相の忠誠は、国連軽視にあたる。イラク復興は、国連に委任された時初めて真の国際的な使命となる。日本が平和のために尽くそうというのなら、国連のもとでこそ国際的な信頼を得て前進できると思う。
 米国ではいつか、ブッシュ大統領とは国際政治や同盟関係について考え方が違う大統領が選ばれるかもしれない。その場合にも、ブッシュ政権のために自国憲法を無視し、イラク紛争で欧州全体の3倍もの金額を支払った「忠実な日本」というイメージは残るだろうか。米国側に立つことによって国際舞台で地位を築こうという日本の願いは、ひっくり返ってしまうのだ。
 世界の国々から軽んじられるのでは、という日本のかねての心配は、イラク問題でブッシュ政権に「忠誠」を示せば示すほど、むしろ大きくなる可能性が高い。

ドイツテレビ(ARD)東京支局長 クラウス・シェーラー
 


2004年1月23日<朝日新聞『私の視点』>

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